わたしが初めて筆文字をしたのは2014年8月。
知り合いが開催する筆文字講座へ参加したことがきっかけでした。
 
その当時、
筆文字に対しての興味はなく、
「なんとなく楽しそうだな」
くらいの軽い気持ちで参加をしました。
 
もともと学生時代から
習字の授業が嫌いだったわたしは
筆や墨に対する苦手意識が強く

「見本のようにうまく書くことができない」という理由から
習字は難しい、苦手だ、そんな思いを持っていました。
 
同級生はみんなお手本のように綺麗な文字を書くのに、
全然うまく書くことのできない自分がイヤで仕方ありませんでした。
 
書き終えた文字を教室の後ろに張り出されることもイヤで
そんな経験を通して書に対する苦手意識は強まっていったように思います。
 
知人の筆文字講座に参加した時も
「自分には書けないだろう」
「書けても参加者の中で一番自分が下手くそだろう」
そんなネガティブな思いを抱えていました。
文字を書くことに自信なんて全くありませんでした。
 
けれど、いざ筆文字を体験してみると
そんなネガティブな思いはどこかへ吹っ飛んで行きました。
 
驚いたことに、文字を書くことがとにかく楽しかったんです。
「文字を書くことが楽しい」それは人生において初めての経験でした。
 
「文字を書くこと=難しい」
そんなイメージだったものが
 
「こんなにも自由に文字を書いていいんだ!」
「表現するってこんなにも楽しいんだ!」
 
それまで、「こう生きることが正しいこと」
そんな世間が決めたルールにばかり囚われ、
その枠から外れないように生きてきたわたしは
人の目や顔色ばかり伺って生きていました。
 
自分の思いや感じていることよりも周りに合わせること、
世間が言う正しさを基準に生きてきたように思います。
 
幼い頃からずっと、
「自分を出せない」ということが悩みでした。
 
「自分の思っていること 感じていること」に価値を見出せなくて
人と話しをする時も「正しいことを言わなければいけない」
「みんなとずれないようにしなければいけない」そんな思いが強かったです。
 
意見や感想を求められる場面でも素直に自分の感じたことを話せばいいのに
「みんなはどう感じているんだろう?」と、みんなの気持ちを感じ取り、
その意見を言わなければ、そんな思いがありました。
 
自分の感じている思いよりも
人の感じている思いを大切にしなければ。
 
みんなと同じでいなければ。
そんな思いをいつも気にしていました。
 
今思うとみんなの気持ちを感じ取るって
「エスパーか!」とツッコミを入れたくなるんですが。笑

それほどに自分の感じている思いに自信を持つことができず、
「誰かと一緒なら安心。」そんな思いがありました。
ただ、本当に思うことを言えていない状態なので
苦しさのようなものは常にあったように思います。
 
そんなわたしだったので筆文字の
「自由に書いていい」というルールに
それまで囚われていた思いまで解放されていくような
そんな感覚を味わうことができました。
 
そう、筆文字は
「自由に書いていい」ということがルール。
「これが正解」というものがなく、何を書いてもいい。


どんな書き方をしてもいい。
それはわたしが習字をする中で苦手としていた
「見本のように書く」ということが存在しない世界でした。
 
文字は書いた人の心の状態が表れる。
なので、ワクワク、楽しみながら書いた文字は
魅力的な文字が出来上がる。

逆に、
焦っていたり綺麗に書かなければという
思いに囚われた状態で書いた文字はなんだかパッとしない。
 
以前、絵を描かれる方が同じようなことを
仰っていたのを聞いたことがあります。

それは、
「うまく見せようとする絵は惹かれない。
けど、純粋に楽しんで書いた絵は人を惹きつける」
と。きっとこれは文字や絵だけじゃなく
なんにでも言えることなんじゃないかと思います。
 

「周りの目を気にして縮こまっているとパッとしない。
その人が何を感じているのかも分からない。」
 
けど、
 
「周りの目よりも自分はどうしたいのか?
どう在りたいのか?という思いを大切にしている人は魅力的。人を惹きつける。」
 
それまで人の目や顔色ばかり伺って
自分を出すことが出来なかったわたしにとって
筆文字は生きる上で大切なことを教えてくれて、
自分自身の大切にしたい思いに立ち返らせてくれる、
そんなツールとなりました。
 
 
筆文字を初めて経験してからというもの
その楽しさにどんどんハマっていきました。
とにかく筆文字をすることが楽しくて楽しくて楽しくて。
書いている間は無心になっていました。
 

「こんなにも何かにハマったのはいつぶりだろう??」
そんなことを思っていました。
 

物事にあまり熱することのないわたしは
それまで「趣味」と呼べるものが特にありませんでした。


なににもハマれない、冷めている自分。
そんな自分がイヤだなぁ、、、なんてことをよく思っていました。
 

だからこそ筆文字にハマれた時、すごく嬉しかったんです。
 

「わたしでもハマれることがあるんだ‥!!」
そんな喜びがありました。
 

あまりにもハマれないので
自分は物事を冷めた目で見すぎなのか?という
そんな思いもあったのでその喜びはとても大きなものでした。
 
 
そうやって筆文字を続けていく中で
Facebookへ自分の書いた筆文字の投稿をしたことを
きっかけに流れが変わっていきました。
 

その「きっかけ」とは人からのリクエストでした。
 

「わたしにも書いて欲しい!!」
そんな声をかけてもらい、
いろんな方へ筆文字を書かせてもらいました。
 

それまで、自分一人で書いて楽しんでいただけの筆文字。
それが「人にプレゼントする」というものに変わった瞬間、
自分の意識が変わりました。
 

「プレゼントするからにはいいものを届けたい!!」
そう思って何度も何度も一生懸命練習をしました。
 

書いても書いても全然納得できず
この練習はいつまで続くんだ!!という
苦しみのループにハマることもありました。笑
 

けど、そんなことを繰り返すうちに
筆文字を上達させていくことへと繋がっていきました。
 

一人で書いていたら「これでいいか」と思ったり
「自分の腕なんてこんなもんだ」と思えることも
人にあげるとなると一生懸命頑張れる。
 

書かせてもらう、ということは
与えるということでもあるけれど
与えるということを通して学ばせてもらうことがたくさんあり
プレゼントすることを通して
わたし自身すごく成長させてもらうことができました。
 
 
筆文字を始めた当初、
「自分よりうまい人なんてたくさんいてる」
そんな思いがありました。
 

それは、最初にも書いた
学生時代習字の授業が嫌いだったことも関係しているように思います。
 

昔から劣等感が強く、
「自分は人よりも劣っている」
という感覚が強かったわたしは
いつも人と比較ばかりして自分はダメだなぁ、、、
と落ち込んでばかりいました。
 

筆文字を始めた頃もそんな風に人と自分を比べては
自分はうまくない、ダメだ、そんなことばかり感じていました。
 

そんな思いばかり抱えていたわたしだったので
筆文字を人にプレゼントした時、
プレゼントした相手がとても喜んでくれて


それがすごく嬉しくて
「自分でも人を喜ばせることができるんだ!!」
そんな喜びを感じることができました。
 

自分が書いたものを通して人を笑顔にできる。
人を元気にすることができる。
 

わたしよりうまい人は確かにたくさんいてる。
けど、わたしはこれをすることが楽しいし嬉しいし大好きだ。
 

そして、その好きなことを通して人に喜んでもらうこともできる。
だったらその思いを大切にしてあげればいいのかも知れない。
 

この時感じた喜びは大きく、
それまで自分に価値がない、自分にできることなんてない、
そう感じていたわたしにとって自分の中の
「ナニカ」が変わっていくきっかけになりました。
 
 
そうやって筆文字を続けていくうちに
わたしの中にこんな思いが芽生えてきました。
 

それは
「これが仕事にできたら幸せだなぁ」
というもの。
 

その当時のわたしはそれまで8年間務めていた仕事を辞め、
カウンセラーになりたくて心理学の勉強をしていました。
 

「カウンセラーになりたい」
そう思いながらも
 

「自分に本当にできるんだろうか」
そんな思いもありました。
 

そんな思いを抱えた中で出会った筆文字。
 

「筆文字を仕事にしたい」そう思った大きなきっかけは
筆文字を体験してから感じていた
「筆文字は自分自身を癒すことができるものである」
という感覚からのものでした。
 

筆文字を初めて体験した時に感じた
自由に書くこと、表現することの楽しさ。面白さ。
 

枠に囚われたり「こうすべき」という世界ではなく
「自分が描きたいままに描く」という世界の中で感じられる解放感。
 

周りを気にするのではなく
自分が表現したいままに楽しみながら書くことで
自分らしい文字が書ける。
 

そんな風に喜び、楽しみながら書いた文字は魅力的で人を惹きつける。
 

筆文字はただ文字を書くんじゃない。
文字を書くことを通して自分を知ることができて、
自分を癒すことができる。
 

そんな風に筆文字を通して心を解放できたり、癒したり、
人の心を楽にしたい。
 

カウンセリングという話しを聞くことで
クライアントさんの心を癒すということも大切だけど
筆文字を体験してもらうことで自分が心で何を感じているのかを感じてもらい、
それをきっかけに自分の中で抱えている思いを解放し、心が楽になる。
 

そうやって筆文字で人の 心を楽にしたい。癒しを与えたい。
そんな風に思うようになっていました。
 

それは、わたし自身
筆文字をするたびに自分の心と向き合い、感じることで
癒されてきたからこそ思うことでした。
 

枠に囚われ、「こう生きるべき」
という世間のルール、常識に囚われてばかりいたわたしにとって
筆文字を書くことで自由に自分の思いを大事にするということは
囚われ続けてきた枠を取っ払っていくリハビリのような
そんな感覚でもありました。
 

わたしがそうだったように自分の思いを大事にできなくて
自分に価値を見出せなくて自分よりも人を優先ばかりしてしまって
いつも自分は人より劣っているという劣等感を抱え、
自分はダメだと否定ばかりしてしまう。
人にも本音で話しをすることができなくて本当の自分を出せる人がいない。
それゆえに心に苦しさを抱えている。。。
 

そんな過去のわたしのように
どうしていいかわからないその心の苦しさを抱えている人にとって
筆文字を体験する、ということは大きな癒しになる。
 

「そんなにも周りばかり気にしなくていいんだ」
「わたしはわたしの良さがあるんだ」
「わたしの良さを大事にしてあげればいいんだ」
「自分らしさを大事にできて、
自分らしく表現できるってこんなにも楽しいんだ」
「自分を偽らないってなんて嬉しいんだろう」
「自分を喜ばせてあげよう。
自分を大切にしてあげることに意識を向けよう」
 

そうやってわたしが筆文字に救われ、
癒され、自分を大事にするということを実践できたように
この楽しさを、奥深さを、素晴らしさを、癒しを届けていきたい。
 

そんな風に考えるようになりました。
 

ただ、まだ筆文字を覚えて間もないわたしがそんなことをしていいのか、
わたしよりうまい人なんてたくさんいてるのに、、、
そもそも、筆文字を伝えるにしてもそれをどうやっていいのかもわからない。

 
そんな思いもあり、どうしていいかわからないながらも
「こんなことができたらいいのになぁ」
とそんな思いを心の中に大切に抱えながら月日だけが流れていきました。
 
 
「筆文字を仕事にしたい」
「筆文字の楽しさ、奥深さ、素晴らしさ、癒しを伝えていきたい」
そう思いながらもできないまま数ヶ月が過ぎ、
ある時心理学を学んでいる同期生の一人からこんなことを言われました。
 

それは
「仲間内での勉強会の中で筆文字講座をしてもらえませんか??」
というものでした。
 

仲間内での勉強会なので公には宣伝はしないけれど
知り合いに対してだけ開催するというもの。
 

「どうしよう。。。」と迷ったものの、
当時、ずっと講座をしたいと思ったまま
何もできずにいたそんな現状を
「打破したい!変えたい!!」
そんな思いもありそのお誘いを受けることにしました。
 

それはわたしにとって大きな大きな一歩でした。
 
 
そして開かれた仲間内での講座当日。
その日は心理学を一緒に学ぶ仲間9人が参加してくれました。
 

講座の時間は1時間ほどだったと思います。
短い時間でしたがその時間がすごく楽しくて、
あっという間に時間を終えました。
 

参加してくれた仲間からは
「参加して良かった!」「筆文字って楽しい!」
「奈々ちゃんがリラックスして
楽しそうに講座をしてるのがいいなぁって思った」
など、嬉しい感想をたくさん頂きました。
 

すごくすごくすごく、嬉しかったです^^
 

その時間を終えて思ったこと、
 

それは
「自分にもできた!」
という喜びと
 

「やっぱりこれがしたい!」
という思いでした。
 

と、同時に
「なんで今までやってこなかったんだ、、、」
という悔しさのようなものもありました。
 

すっと前からこれをしたいなぁと思っていて
ずっと前からこれができたら幸せだなぁ
と思っていた。
 

けど、
いろんな言い訳をしてしないでいた。

 
けど、
実際にやってみたらできた。
 

そして、
楽しかった。
 

「やっぱりこれがしたい!!!!!」
 

そんな思いがその時からどんどんどんどん大きくなっていきました。
 
 
「やっぱりこれがしたい!!!!!」
そう思ってから数ヶ月後、実際に講座をしよう!
そう思い立ち、
会場の予約をしました。
 

そして、告知。

 
思い立ってからの行動は早かったものの
告知をしてからが大変でした。
 

「講座をします!!!!!」
そうFacebook上でイベントページを立ち上げ、告知。
 

その後、
反応が怖くてFacebookを開くことができなくなりました。。。。笑
 

怖かった理由、それは
「反応がなかったらどうしよう」とか
「批判されたらどうしよう」とか
「誰も来てくれないかも知れない」とか
「わたしの講座に価値があるんだろうか」とか
そんな思いでした。
 

会場の予約をしたりイベントページを立ち上げた時は大丈夫だったものの
実際に人の目に触れる、となった瞬間に恐怖が大きくなり
これまでの自分がでたなぁ、と感じました。
 

"これまでの自分"とは
「人の目、顔色を伺う自分」。
誰かと一緒なら安心で、誰かと同じことをしようとする自分。
 

以前にも書きましたが、
わたしは「自分を出すことがとにかく苦手」でした。
 

そんな性格も筆文字をする中で少しずつ変わっていけたものの
それでもそれまでしてこなかったこと、新しいことをするのって怖いもの。
 

人間は現状維持をしたい生き物。
変化を嫌う生き物。
そんな特性もその時に出ていたんだなぁ、と振り返ってみると思います。
 

そんな自分を変えたくて生きてきたはずなのに
それでもやっぱり恐怖がでてくるもの。
 
 
「そんな自分を変えたくて」と書きました。
少し話しが脱線しますがこの話しをしたいと思います。

 
筆文字講座をするという一歩を踏んだ
当時のわたしは8年間務めていた仕事を辞め、
カウンセラーを目指し心理学の勉強をしていました。
 

仕事を辞めた理由、それは
「自分の人生を生きたい!!」
そう強く願ったことがきっかけでした。
 

まだ会社に勤めていた頃、
わたしは仕事でこれまでにないほど悩んでいました。
当時のわたしはとあるお店で店長職をしていました。
 

学生時代のアルバイトから始めたその仕事。
その仕事が楽しくて楽しくて
「もっとお店を良くしたい!このお店で店長をしたい!!!」
そう願うようになりました。
 

そしてそこから準社員、社員になり店長へ。

 
店長の仕事は楽しくて売り上げを上げること、
上司に評価されるということを通して自分の自信を育てていました。
本当にこの仕事が好きだな〜♬楽しいな〜♬と
そんな思いを持って毎日楽しく仕事をしていました。
 

そのお店で結果を出し、評価された
わたしは新たなお店へ異動することとなりました。
 

そして、
その新たなお店で人間関係で悩むことに。
 

一緒に働くスタッフとうまくやれず、ブツかり、
健康が取り柄とも言えるわたしが
職場に近づくと通勤電車の中で胃痛がおこるほどに。
 

「胃痛」というものを経験したことがなかったので
その痛みを感じたことに驚きました。
それほどにそこでのうまくいかない状況がストレスとなり、
それでも気合いで乗り切ろう!と必死で頑張っていた結果、体からのSOSでした。
 

何かが間違っている、
何かを変えなければいけない。。。
 

けど、何を?

 
それまで自分の仕事に自信を持っていたわたしにとって
その現実は受け入れがたいものでした。
 

そんなことを悩みながら日々を 過ごしていたある時、
残業を終え帰ろうと売り場から事務所に戻ろうとする時
ふと、こんなことを思いました。
 

「わたしはなんで頑張っているんだろう??」
 

「これの何が幸せなんだろう?」
と‥。
 

一緒に働くスタッフとうまくやれず、ブツかり
一人残業をしてまで売り上げを上げるため、
店をよくするために仕事を頑張ってる、、、
 

けど、
そのスタッフとうまくいっていない。
わたしの頑張りを見てもらうことはなく、
喜んでもらえていない現状。
体も心もボロボロで疲れてる。
それでもまだ必死に毎日朝から晩まで頑張って働いて
家には寝に帰るだけ。
 

休みの日は疲れて寝てすぎるだけだったり
仕事で貯めたストレスを発散することに時間やお金を使ったり。。。
 

「褒められることが嬉しい」
「だから頑張れる」そんな思いがあった。
 

確かに売り上げをあげたり実績を出すことで上司は褒めてくれる。
けど、常に褒めてくれるわけではない。
 

褒めてくれた次の瞬間に
「じゃあ次はこれを目指しましょう!」って次の目標を出される。
 

「なんか、キリがないな」
そんなことを思いました。
 

確かに褒められたら嬉しい。
けど、
一緒に働くスタッフが幸せじゃない今の現状は何か違う気がする。
 

わたしは毎日この店でスタッフ達と一緒に働いていて
このスタッフ達と一番時間を一緒に過ごしてるのに
その一番近くにいる人たちを全然見れていなくて大切にできていない。
それって何かがおかしい。。。
 

褒められることが嬉しい。
褒めてもらえるから頑張れる。
そう思って頑張ってきた。
 

けど、
その褒めてもらえるという基準は
自分じゃなく、相手のモノサシでしかない。
 

相手のモノサシだから
わたしがこれをしたらいいね!って言ってもらえる!!
そう思っていたとしても褒めてもらえないこともある。
 

結果、相手の目や顔色ばかり伺ってしまう自分になってしまう。。。
 

自分がそれをしたら嬉しい!じゃない。
人が喜ぶからそれをする。
それは結局、自分の中の埋まらない
ナニカを外側の出来事で埋めているだけ。。。
 

褒められたくて、褒めてもらえることが嬉しくてこれまで頑張ってきた。
けど、一生懸命進んできたその先にたどり着いた場所は自分の本当に行きたかった場所じゃなかったんだ、、、
 

そう気付いた瞬間でした。
それに気付いた瞬間、これまで何をしてきたんだろう。。。
と虚しさだけが自分の中に広がっていきました。
 

その時、
「変わりたい。自分の人生を生きたい!!!」
そう強く願うようになりました。
 
 
「変わりたい。自分の人生を生きたい!!!」
そう願うようになり
それまで常に仕事のことばかり考えていたわたしは
行動を変えました。
 

ブログを始めたり、本を読むようになったり。
 

その流れの中で人のブログを読むようになり、
そこからネガティブ思考があたり前だったわたしの考え方が徐々にポジティブ思考になったり
それまで生きている中で「幸せ」を感じたこともなかったところから
「幸せ」を感じられるようになったり。
そんな変化がありました。
 

それまでのわたしは
「幸せ」というのは誰かや何かが与えてくれるものだと思っていました。
 

例えば
「恋人というものはわたしを幸せにするべき」
そんな思いもありました。
 

この人はわたしを幸せにしてくれない、
だから別れようか、、、
そんなことを本気で思っていました。笑
 

今考えると本当に、人からもらうことがあたり前になっていて
自分から与えるという考えが全くありませんでした。
 

そんな考えがあったからこそ、
仕事でも一生懸命頑張って評価されれば幸せになれるはず、
そんな思いがあったように思います。
 

心の中の「埋まらない何か」を埋めたくて
外側の何かで埋めようといつも何かを追い求めてばかりいました。
どうしていいかわからない、
けど、きっと、
これをすれば幸せになるはず、満たされるはず。
そんな思いがありました。
 

けど、幸せって何かを手に入れたから得られるものでも
形あるものでもなく
今あるものに目を向け、それに気付き感じるもの。
 

それに気付いた時に生まれて初めて幸せを感じることができました。
 

24歳の話しです。
そう、わたしは24年間幸せを感じたことがありませんでした。。。笑
 

ずっと幸せになるために必死に何かを追い求めてばかりいて
幸せにしてくれない周りに不満ばかり抱えていたわたしにとって
幸せの正体を知った瞬間に簡単に幸せになれて驚きました。
 

こんなすぐそばに幸せが存在したんだと知った時
今まで必死に頑張っていたのはなんだったんだ、、、、
そんな風に思いました。
 

けど、すごく嬉しかったことも覚えています。
「わたしでも幸せになれた‥!!」
と。
 

これまで、育ってきた家庭環境や学校生活で
恵まれなかったことを経験してきたこともあって
 

「自分は不幸な星のもと生まれた。」
「わたしは不幸でかわいそうな人なんだ。」
 

そんな被害者意識の強かったわたしにとって
「自分でも幸せになれた!」
そう感じられたことはとても大きな一歩でした^^
 
 
それからというもの、
働く中でも大切にすることが変わりました。
 

それまでは周りから認められたくて、褒められたくて必死でした。
いつもいつも外側の何かで埋めよう、埋めてもらおう、そんな思いばかり大切にしていました。
 

けど、これからは人を大切にしながら自分も周りも楽しく働けるようになりたい。
ここで働く人たちが楽しく働くためにできることはなんだろう??
 

そんな風に考えるようになりました。
 

仕事で人とブツかり、うまくいかなかった当時は
「店長の仕事は売り上げを上げること!!」
そんな風に思っていて
売り上げを上げることがすべてでした。
 

もちろん、それも大切なことです。
けど、わたしはそれしか見えていなかったように思います。
売り上げをあげることが店長の務め、そんな考えでいっぱいで
「一緒に働くスタッフを大切にすること、思いやること」
が自分の中から完全に抜け落ちていました。
 

誰だって自分を大切にしてくれて、愛を持って接してくれる人と一緒にいたいもの。
自分を大事にしてくれなくて売り上げのことしか見ていない人のために頑張ろう、なんて思わないですよね。
 

「うまくいかない」という経験をしたことでそこから学び得ることは本当にたくさんありました。
 

何より、それがあったからこそ幸せを感じられるようにもなり、
誰かがいう「幸せのカタチ」ではなく
自分が描く「幸せのカタチ」を求められるようにもなれました^^
 
 
少し話しが脱線しました。
筆文字講座を開催する!と決めたものの怖くなってFacebookを開けなくなった話しの続きへ戻りたいと思います。
 

Facebookを開けなくなった理由
それは人からの反応に対する恐怖でした。
 

誰も来てくれないかもしれない、
どんな反応をされるかわからない。
否定されるかも知れない。
怖い。。。
そんな思いでいっぱいになっていました。
 

けど、それでもずっと講座をしたい!!って思っていて
実際にする!!って決めたんだ、だからしよう!!
そう思い、再びFacebookを開きました。
 

確か、1日くらい開くことができなくなっていました。笑
 

開いた時に驚いたこと、
それは、
わたしのその投稿をシェアしてくれる人がいたということ。
 

2人の方がシェアをしてくれて
そこには「応援してます」の言葉が。
 

否定されるんじゃないか、という不安でいっぱいだったわたしにとって
それは嬉しすぎるもので
一人嬉し泣きをしました。。。笑
 

人の優しさに人は背中を押される。
力をもらい、頑張ろう!!と勇気をもらえる。
これは「講座をする!!」という行動を起こしたからこそ得られたものだったなぁと思います。
 

新しいことをするのって怖いもの。
どんな反応をされるかわからないし否定されるかも知れない。
そんな恐怖に駆られて新しいことをしないという選択を選ぶこともできる。
 

そうすれば傷つくことはないかもしれない。
けど、それはただ安全な場所でじっとしているだけ。
 

自分が本当はどこに行きたいと願っていて、本当はどうしたかったのかを自分の心は知っている。
傷つくことはなかったとしても心の中のモヤモヤした感情は残ったまま。
 

それを抱えながらなかったものとして生きることもできる。
けど、それは自分で自分を裏切っているようなもの。
 

「自分が本当はこうしたい」
と願っている。
それを傷つかないように、恥をかかないようにしていると
傷つかない安全な場所にいられるのかもしれない。
 

けど、それって本当は
自分の願いを叶えないということを通して自分で自分を裏切っていて
誰よりも自分で自分を傷つけているということにもなっている。
 

例えば、子供が自転車に乗りたい!と思っているのに
怪我することが怖いからと言っていつまでも自転車に乗ろうとしなければいつまでたっても
自転車に乗ることはできません。
 

それを怪我なんてしない方がいいよ、
自転車なんてなんの役にも立たないよと言い聞かせて
自転車に乗りたい気持ちをなかったことにするのっておかしな話し。
 

心で純粋に感じている自転車に乗りたい!というその願いを叶えてあげるからこそ
実際に乗れた!!という達成感を味わうこともでき、
その達成できた!!という喜び、嬉しさを知っているからこそ
次はこれをしたい!これを頑張ろう!!と新たな願いにもどんどんチャレンジすることができるもの。
 

それは、
怪我が怖いからと言って自転車に乗らないことは本当は本人のためではありません。
 

自転車に乗ることでもそうだけど、
乗らない選択をすることでも乗る選択をすることでも
どっちにせよ傷がつくのなら
「じゃあどうする?わたしは本当はどうしたい?何を大切にしたい?」
そう自分に問いかけ、その問いによって出た答えを生きることが大切なんじゃないのかと思います。
 

と、まるで「行動することは傷つくこと」
のように書きましたが
実際はそうじゃないなと思います。
 

今回のことでも実際にはシェアをしてくれる人がいて
応援してくれる存在に気付けて
人の優しさや温かさに感動することができました。
 

その経験は行動をしたからこそ得られたもので
何も行動をしなければそれを感じることもできなかったもの。
 

だから、行動するまでは怖いと感じるけれど
その先で得られるものは大きい。
そんな風に感じます^^
 
 
何かを行動をするからこそ応援してくれる存在に気づくことができる。
それは、この時もそうですし、それ以降も何かするたびに感じることができたものでした。
けれど、それは行動をしなければわからないもの。
 

「これをしたい!」「これをする!」
そうやって自分の中にある思いを外へ話したり発信することで
応援者が現れるんだと思います。
 

それは、初めは怖いもの。
わたしも周りばかり気にして「みんなと同じであろうとするクセ」が強かったので
本当に怖かったです。
けど、それ以上に勇気を出して発信をした後に得られる喜びは大きいんだと気付いてからは
発信をする恐怖も随分と減りました。
 

「筆文字講座をする!」そう決め、会場を押さえ、開催日を決めて募集を募った。
そして、投稿のシェアをしてくれて応援してくれる人が現れたものの
参加者はすぐには集まりませんでした。
そんなこともあり不安な思いがどんどん大きくなっていきました。。。
 

講座開催を決めた時、「誰も来なかったらどうしよう」そんな思いがありました。
けど、そんな中でも親しくしている友人は「参加するよー!」と言ってくれていて
その言葉がわたしにとって大きな支えになっていました。
 

ただ、その友人からもその後「やっぱり参加できない」と断られ、
 

「やっぱり無理なのかも知れない。」
「どうしていいのかわからない」
「本当にわたしができるんだろうか」
 

と、そんな不安な思いに囚われることになりました。
 

その不安な思いに囚われてばかりだった頃
毎日のように泣いてばかりいて精神的に不安定な状態でした。
 

不安な思いがよぎり、そこに浸ってばかりで悲しくてずっと泣いていました。
何もできない無気力な日々を過ごしていました。
 

その時は本当に「今回はするとしても、これ以降はもう講座をしたくないな」と、そんなことを思っていました。
まだ一回も開催していないのに、です。笑
それほどに開催までに注ぐエネルギーや人を集める大変さに気持ちがすっかり参っていました。

 
ただ、そうは言っても今回はする、と決めたこと。
ここからどうにか脱したい、と思いわたしはその時にちょうど憧れの書家さんが
「お茶会を開催します!!」と募っていたものを見つけ
その書家さんへ会いにいくことを決めました。
 

今考えるとそれまでそんな案内を見たこともなく、
わたしにとってとてもタイミングが良いものだったように感じます。
 

そしてお茶会当日。
午前の部、午後の部、という形で開催していたその会の午後の部にわたしは参加したんですが
ここでもとってもラッキーだったのが参加者がわたし含め5名だけということで
少人数だからこそ自分の抱えている悩みをシェアできて質問することができました。
 

実際にお会いしたその書家さんはその時が初対面。
とてもキラキラしていて自分を素直に表現できる素敵な人。
 

せっかくお会いできたので今の悩みを話そう!!と思い話しだしたんですが
話し出した途端号泣でした。笑
 

それは、それまでずっと一人で悩み、塞ぎ込み、どうしていいかわからない、、、
と苦しかった思いをようやく外へ出せた瞬間でした。
なので、出した瞬間から感情が止まらず号泣でした。笑
 

自己紹介を始めた瞬間からボロボロ泣き出したわたしは強烈な印象を放ったように思います。。。
本当、ご一緒した人たちには驚かせてしまったなぁと思います。。。(ごめんなさい。)
 

その日、そのお茶会に行ったおかげでわたしは気持ちが嘘みたいに癒されました。
辛かった気持ちを汲み取ってもらい、共感され、
そして、そこでアドバイスをもらいました。
 

そのおかげもあって
「また頑張ろう!!!」そう思うことができました。
 

「もう無理」「もうイヤだ」
あんなにも辛かった 思いが誰かの一言でこんなにも元気が出て
また頑張ろう!と思えるようになるんだ、、、
その時に経験したことはその後のわたしが活動する上でとても大きな支えとなりました。
 
 
「もうイヤだ」そう思い、しんどかった時、
わたしは自分のことばかり考えていました。
 

「傷つきたくない」
「否定されたくない」
「うまくいかせたい」
 

と。
そこに誰かに与えたいという思いはすっかり抜け落ちていました。
 

けど、「何かをする」ということはそこに思いがあるからこそ。
 

なぜわたしは筆文字講座を開催したいのか?
なぜ筆文字の楽しさを伝えたいのか?というと
そこにはわたし自身が筆文字を通して癒され、解放され、気持ちが楽になった経験があったから。
 

「自分が傷つくとか、自分が否定されるとか、そんなことよりも、
伝えたい思いを大切にして、それを届けていこう!」
 

そう思えるようになりました。
その時の自分の中に力があると感じられる、
力が湧き出すような感覚はとても心強いものでした。
 

人は思いに共感するもの。
それはそこにエネルギー、思いがあるからこそそれに興味を持ち、惹きつけられる。
 

"周りを気にするよりも自分はどうしたいのか、自分は何を大切にしたいのかを大切にすること。"

 
それは、
筆文字のルールにも通じるものでもありました。
 

それからはFacebookでの投稿も恐怖はなくなりました。
ただ、自分が感じているこの筆文字の素晴らしさ、楽しさ、奥深さを伝えていきたい。届けたい。。。
 

そうやって投稿を続けていくうちに一人、また一人とお申し込みを頂き、
中にはお会いしたことがない方でTwitterからわたしを知って下さった方が奈良から一人、
広島から一人とお申し込みくださって
「もうイヤだ」そう思っていた時からは信じられないことが起こっていきました。
 

そして、もっと驚いたことは最初、
「やっぱり参加できない」と言った友人が講座へ参加してくれたことでした。
 

「やっぱり参加してもいけるかな??」
そう言われた時はとても驚いて、講座が終わった 後に
「なんで参加しようと思ったの??」
そう聞いたら
「奈々ちゃんの情熱を感じてみたいと思った。」
そう言ってくれてそれが嬉しくて仕方なかったです。。。(泣)
 

人は思いに共感するもの
それはそこにエネルギー、思いがあるからこそそれに興味を持ち、惹きつけられるから。
 

あのお茶会の後から意識を
「自分が傷つくこと」
よりも
「人へ届けたいものを届けるんだ!」
と意識して投稿を
始めたからこその結果だったんだと感じた瞬間で、とても嬉しかったです。。。
 

むしろあの苦しかった経験があったからこそその後の筆文字講座を開催していく上で
自分の中の「これを伝えたい、届けたい」そう思えるその根っこを大切にできるようになりました。
 

だから、良かったなぁと思いました。
 

ただ、苦しみの最中ではそんなこととてもじゃないけど思えませんでしたが。笑
 

その1回目の講座開催を通して得られた学びはとても大きなものでした。
うまくいかなくて苦しくて泣いてばかりいた頃はもう何もかも本当にイヤだと感じたけれど、
その経験があったからこそ得られたものがあって出来事は必要だからこそ起こっているんだと深く感じることもできました。
 

そして、その後わたしはその講座を2年以上毎月開催することになるんですが
その1回目の講座開催までが一番辛く、しんどいものでした。
 

"何かを始めるのは最初の一歩が一番エネルギーがいるもの"
そんな言葉を聞くけれどこれは本当にそうだなぁと感じます。
1回やってみるとある程度どうすればいいのかがわかるからこそ
その次はうまく切り抜けられるもの。
 

そして、やればやるほどいろんなパターンを知っていくので
物事をより簡単に、スムーズに進めていく術も知っていく。
 

1回目の講座開催でとにかく苦しんだ、という経験を通して得られたものはとても大きいものとなりました^^
 
 
講座を始め、今で39回開催するまでになりました。(2017年7月29日現在)
それは、最初からそんなにも講座をするつもりはなくて1回開催した後に
「楽しかったなぁ。また開催したいなぁ。」という思いから来月も、また来月も、という風に
講座を重ねることになったからこそ。
 

そうやって続けていくうちに大阪以外でもやってみようかな
と思い名古屋や東京でもやってみたり、
大阪の講座へ来て下さった方から
「自分の住んで居るところでも講座をして欲しい!」
と声をかけてもらい神戸や和歌山で講座をさせてもらったり。
 

何か行動を起こすと次の新しいことへと発展していくんだということを
筆文字を始め、続けていくことで感じています。
 

だから始めは「これがしたいな」という小さな願いを叶えるところから始めることでいいんだ、という風にも思います。
 

もちろん悩むこともあるし困ることもある。
けど、その経験を通して
「自分は本当はどうしたい??」という自分の心を見つめ、向き合うことで
その出来事はすべて成長へと繋がっていくように感じます。
出来事は無駄なことはないなぁ、と。
 

わたしは現在
筆文字講座以外にも筆文字の書き下ろしでイベントで筆文字で言葉を書かせてもらったり
筆文字セラピーというカウンセリングにて話しを聞かせてもらった後に
その方に必要な言葉を筆文字にて書かせてもらうという活動もやっています。
 

それは、心理学を学んできたことやこれまで自分が劣等感が強く悩んできて、
そこから抜け出したくて心について学んできて、
そのおかげで自分自身嘘みたいに生きやすくなったという経験をしてきたからこそ
悩んでいる人の力になれればという思いからしています。
 

自分らしさを大切にして、自分の心に感じたものを自由に表現できることって
本当に嬉しくて楽しいものだから。
そんなきっかけにわたしがしている筆文字講座や筆文字セラピー、書き下ろしだったりが力になれたのなら
こんなにも嬉しいことはないな、とそう感じています。