小さな頃からよく、

「おとなしいね」とか「喋らないね」って言われてきた。





大人になってからは

「おとなしいね」って言葉と、

「クールだね」って言葉も言われるようになった。





「クールビューティー」とも言われ、

その言葉は「カッコイイ」「綺麗」という意味も含むらしいから

褒め言葉でもあるのかも知れないけど、正直嬉しくなかった。

「笑わない人」「つまらない人」その言葉からは

そんなイメージを感じることができたからこそだったように思う。。。

実際、その当時は自分の感情を外へ出すことがとにかく苦手で

笑うことができなかったから余計にそんなことを感じていた。。





「冷静」って言葉も好きじゃなくて

その言葉はわたしにとっては褒め言葉ではなかった。

それはきっと、いつも「自分を出せない」っていう悩みがつきまとっていて

「自分を出せていないだけだよ (涙) 」って自分で知っていたから。





笑えるようになりたい、

もっと自分の思っていることを話せるようになりたい、

そんな願望がいつもあった。。。





自分の思ったことを素直に出せて、

偽りの自分じゃなくて本当の自分でいられる。


そんなわたしでいて言ってもらえた言葉と、

そうじゃない状態で人から言われる言葉とじゃ

そこに伴う自分自身の感情は全く違うものになる。





自分を出せていない時、よくこんな言葉も言われた。

「優しそう」って。

「優しい」じゃない。

「そう」がつくから、想像でしかない(笑)





優しそうに見えるのは、嫌われることが怖かったから。

だから、人に合わせることしかできなかった。

自分の思っていることよりも、みんなはどう思うんだろう??

って意見や感想を求められる場面でもみんなと合わせることに必死だった。

ズレないように、みんなと同じであるように、、、

自分の思っていること、感じていることなんて後回しで

そこに価値なんてないと思ってた。

みんなと同じであることが正しいことなんだと思ってた。





自分を出せなかったのは出したら嫌われるんじゃないか、、、

ってゆう思いがあったから。

優しいんじゃない。本当に、「優しそう」に見えてるだけの状態。





その優しさには嫌われたくない、良く思われたい、

嫌わないで、、、ってゆう恐怖がセットでついてくる。

だから、本当は優しいんじゃない。

けど、優しくないわけでもない。

なんだかややこしい。笑





ただ、それまでの人生経験の中で人間関係に安心感を持てているのか

持てていないのか、の違いでしかなくて

自分を出せている人との違いで言えばそれも

そこに安心感を持てているか持てていないのかの違いでしかない。

それは安心感を持てていないことを否定したいとかダメっていいたいんじゃなくて

持てていないのなら、安心感を持とう、人を信頼しよう、って決めて

実際にそうすればよくて、ここから一つずつ変えればいい。





自分には価値がないと信じていると価値がない振る舞いになるけれど

自分には価値があると信じていると振る舞いも変わる。





自分を出せていなかった頃のわたしは自分には価値がないって信じてた。

信じてた、という表現も違うかも知れない。

「価値があるわけないじゃん」って。そんな感覚だった。。。

それは過去にあった出来事から自分はダメ、

自分はできない、自分は大事にされるべきじゃない、、、、、

そんな風に過去から出来上がったイメージの中を生きていた状態だった。





けど、本当は価値があるのかないのか。それは、自分で決めていい。

自分がどんな自分で生きたいのか?で選んでいい。





深い視点から見て言うなら価値がない人、なんて存在しない。

価値がないと信じて生きている人と

価値があると信じて生きている人がいてるだけ。

どっちを選んでいるのかの違いだけ。





それは無意識で選んでるもの。

例えば、過去にいじめられたとか、過去に誰かにお前はダメだと言われたとか。

だから、自分には価値がない、

だから、自分を出すよりも人に合わせて生きなきゃいけない、、、とか。

どっちを信じて、どっちを自分の中で採用して生きているのかの違いだけ。





「自分は自分には価値がないって思ってるなぁ」って気付いたとして

「価値がないって思いながら生きるのってなんかしんどいし、
価値があると思って生きてみようか」って、そんな風に自由に選んでいい。

選び直していいし、選び直せる。





「心で何を信じているのか」は外側の現実を創る。

信じるものを変えれば起こる現実も変わる。

何より、自分の振る舞いや喋り方や言葉の選び方、生き方、

人との接し方、今日一日の過ごし方も変わるから現実が変わるのはあたり前な話し。





と、長くなったのでまとめると

自分に価値があるのか、ないのか、というのは自分で選べるということ。

選べるからどっちでも好きな方を選んでいい、ということ。

ただ、深い視点から見たら価値がない人は存在しなくて、

価値があると思っている人と価値がないと思っている人が存在しているだけの話し。

いつからだって選び直せるし、好きな方を選んでいい。

あなたに価値があることはあたり前の話しだから^^






自分が自分をどういう存在と信じているのか。

これは人生を大きく左右するもの。

だからこそこの視点をお伝えできれば楽になる人、自分らしく生きられる人も増える。

そう思って今回は「価値」についてのお話しをお届けさせてもらいました^^









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